ChatGPTなどの生成AIの登場により、さまざまな業界で生産性向上を目的とした導入が検討されていますが、社会保険労務士の業界も例外ではありません。これまでもAIの導入により手続き業務や帳簿作成業務の効率化が進められてきましたが、ChatGPTなどの生成AIは、相談や助言などのコンサルティング業務にも影響を与えると言われています。私自身も社会保険労務士として様々な会社や労働者から相談を受けて助言していますので、今回は社会保険労務士の業務を簡単に紹介しつつ、生成AIが社会保険労務士の業務に与える影響について考察してみます。

1. 社会保険労務士の業務

社会保険労務士の業務は大きく3つのカテゴリーに分類され、日本の企業や労働者が直面する様々な問題に対応するための幅広い知識と専門性を要求されます。

1.1. 1号業務

社会保険や労働保険の手続きなどの業務です。例えば、新しく社員が入社したときの社会保険や雇用保険の資格取得手続き、退職したときの資格喪失手続き。また、病気やけがで働けなくなった社員の傷病手当金の申請や、育児のための休業申請などの様々な手続きがこの1号業務に該当します。

1.2. 2号業務

社会保険や労働保険の諸法令にもとづき帳簿書類を作成するなどの業務です。例えば、会社が労働者を雇用する場合には賃金台帳や出勤簿などの帳簿書類作成が法律によって義務付けられています。これらの帳簿書類の作成や管理を代行する業務が2号業務に該当します。これらの業務は企業の法令遵守を保証し、労働者の権利を守ることにつながります。

1.3. 3号業務

労務管理に関する相談や助言などの業務です。3号業務には、労働環境の改善提案、労働関係法令への適合に関するアドバイス、人事制度の設計や運用に関するコンサルティングなどの業務が該当します。これらの業務は企業の人事労務管理をより良くし、トラブルを未然に防ぐ重要な役割を果たします。

この3つのカテゴリーのうち、1号業務と2号業務は社会保険労務士法によって独占業務とされています。そのため、社会保険労務士の資格をもたない者がこれらの業務を有償で行うことは禁じられています。一方で3号業務は独占業務に該当せず、広範な知識と経験を持つ専門家としてのアドバイスや支援が求められる分野であり、社会保険労務士の資格をもたない者でも有償で代行することが可能です。

社労士とchatGPTなどの生成AI

2. AIにより1号業務と2号業務は減っていく

これら社会保険労務士の業務は、AI技術の進展により効率化が進んでいます。特に、社会保険や労働保険の手続き、勤怠管理、給与計算などの定型業務においては一定水準の自動化が実現し、ミスの発見や修正が容易になるなど作業の精度向上にも貢献しています。
このような理由から、定型業務がメインである1号業務と2号業務の需要は今後も減少すると予想されています。加えて、政府もこれら業務の簡略化を目指しています。そもそもこれらの業務は、手続きが複雑であるために存在する業務です。手続きが簡単であれば企業は社会保険労務士に依頼しないでしょう。そのため、政府が簡略化を進めるとともに少しずつ、社会保険労務士に依頼される1号業務と2号業務は減っていくと考えられます(現状は更に複雑化している印象を受けますが)。
そして将来的には、特に複雑なケースのみが依頼されるようになり、社会保険労務士は業務内容の見直しや新たなスキルの獲得が必要となるかもしれません。

2.1 3号業務は増えてく

一方で、コンサルティングなどの3号業務は増えていくことが予想されています。働き方が多様化するなか、労働に関する法律は頻繁に改正され、企業もこれに対応する必要があります。また、画一的な対応ではなくその企業に適したかたちでの対応が必要になります。更に、近年は人事評価制度を改定したり新しく導入したりする企業が多く、これもまた企業に適したものを作り上げていく必要があります。このような理由から、コンサルティング業務をAIで対応していくというのは難しく、社会保険労務士へのニーズは今後高まっていくことが予想されます。

2.2. ChatGPTなどの生成AIによる3号業務の代替えは可能?

ここまで、AIの導入により社会保険労務士の1号業務と2号業務が減っていく一方、3号業務は増えていくのではないかと述べてきました。しかしこれはあくまで生成AIの登場前の話です。ChatGPTなどの生成AIの登場は、増えていくと考えられていた3号業務にも影響を与えると考えられています。
生成AI(人工知能)とは、人間の言葉や画像、音楽などを理解し、それをもとに新しいコンテンツを生成することができるAIです。この技術は、自然言語処理、画像生成、音声合成など、多くの分野で応用されています。これには機械学習の一種であるディープラーニングが広く用いられており、特に最近ではGPT(Generative Pre-trained Transformer)やDALL-Eのようなモデルが注目されています。これらは大量のデータを学習して、様々な生成タスクを実行することができるため、クリエイティブな分野やコンテンツ制作、ビジネスなど、幅広い領域での利用が期待されています。
このような生成AIの登場により、これまで社会保険労務士に相談していた内容を、ChatGPTなどの生成AIに相談する未来がくるのではないかと考えられているのです。果たしてそのような未来はくるのでしょうか。もしそんな未来がくるならば、おそらく社会保険労務士の3号業務も大きく減ってしまうことでしょう。しかし私の考えとしては、そういった未来がくる可能性もゼロではないものの、来るとしてもかなり遠い未来だと考えています。そう考える理由は大きく2つです。

2.3. ChatGPTなどの生成AIの頭脳にはタイムラグがある

 まず1つ目が、生成AIの知識にタイムラグが存在するという事実です。多くの方がChatGPTに質問すれば何でも答えてくれると考えがちですが、実際には最新の情報には対応していません。例えば、2024年2月現在の最新モデルであるChatGPT4は、2023年4月までの情報しか持っていません。ChatGPTで最新の情報にアクセスするためには大量の情報をインプットさせる必要があり、それには大量のデータと時間が必要となります。そのため、インプットがいつも即時に行われているわけではないのです。社会保険労務士の3号業務は最新の情報をもとに行うことが求められます。古い情報に基づくと、法律違反となる可能性もあるからです。このため、最新情報が必要な相談には、ChatGPTのような生成AIは適していないのです。

2.4. ChatGPTなどの生成AIを使いこなせる人が多くない

 次に2つ目が、そもそも生成AIを上手く使いこなせる人が多くないということです。ChatGPTなどの生成AIは急速に進化しています。もしかすると近い将来、最新の情報を常にインプットするような生成AIが登場するかもしれません。しかし進化のスピードが速いということは、使用する側にも高いリテラシーが求められることを意味します。たとえばスマートフォンは2008年に日本で販売が開始され、既に15年が経過しています。にもかかわらず、今でもスマートフォンの操作ができない方がいるのです。操作できても、電話機能のみを使用し、スマートフォンの本来の機能を活かせていない方も多くいます。このように、日常生活に大きな変化をもたらすツールを使いこなすためには、使用する側に学習能力とリテラシーが求められます。このことを考えると、ChatGPTなどの生成AIがさらに進化し、普及しても、社会保険労務士ではなくChatGPTに相談をするような未来は、まだ遠い話である可能性が高いと思われます。

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3. 業務の補助ツールとしての生成AI

そんなわけで、ChatGPTなどの生成AIにより社会保険労務士の業務が大きな影響を受けるのは、おそらく遠い未来のことでしょう。しかし、生成AIの存在を無視することはできません。生成AIは業務効率を大幅に向上させることができる優れた補助ツールです。社会保険労務士は今後しばらく、どのようにして生成AIを業務に取り入れていくかを探求することになるでしょう。社会保険労務士も、今後しばらくは生成AIを業務にどう活かしていくかを探ることになるでしょう。生成AIを上手く活用できる社会保険労務士の需要は高まる一方、生成AIによって代替可能な業務のみを行い、十分な価値を提供できない社会保険労務士は需要が減少していくのではないでしょうか。以下に、具体的な活用方法をいくつか例示します。

3.1. 文書作成の効率化

社会保険労務士の業務には多くの文書作成やデータ入力が含まれますが、これらの業務を、ChatGPTなどの生成AIを用いて効率化することが可能です。この方法により、文書作成やデータ入力にかかる時間を節約し、より複雑な業務に集中することが可能になります。例えば、雇用契約書や就業規則などの下書きを生成AIが素早く作成し、必要に応じて社会保険労務士がカスタマイズするといった方法が考えられます。

3.2. 顧客サービスの向上

ChatGPTなどの生成AIを利用することで、クライアントからの問い合わせに対して迅速にレスポンスを提供することが可能です。従来型のAIチャットボットと比較して、生成AIチャットボットは、想定外の問い合わせにも柔軟に対応できる特徴があります。このようなチャットボットの導入により、基本的な問い合わせはチャットボットが担当し、より複雑な問い合わせには社会保険労務士が対応することができます。

3.3. 多様な言語への対応

日本における外国人労働者は年々増加しており、2024年1月の厚生労働省の発表では200万人を超えています。このことは、社会保険労務士の業務においても多言語でのコミュニケーションが求められる機会が増えることを意味します。新たに英語や他言語を学ぶのは困難かもしれませんが、ここで生成AIの役割が重要になります。生成AIは、文書の翻訳や多言語でのコミュニケーションをスムーズにサポートできます。これにより、外国人労働者や経営者とのコミュニケーションが容易になり、以前は困難だった対応も生成AIの助けを借りてスムーズに行うことができます。

4. まとめ

以上、本稿ではChatGPTなどの生成AIが社会保険労務士の業務に与える影響を考察し、生成AIをどのように業務に活用できるかを検討しました。生成AIによって社会保険労務士の業務が完全に代替されるという未来は、もし訪れるとしても遠い将来のことでしょう。影響は確実にあるとはいえ、生成AIは社会保険労務士の仕事を奪うものではなく、むしろ補助的なツールと見ることができます。業務効率の向上、精度の向上、顧客サービスの質の改善など、さまざまな面で業務の質が向上する可能性があります。そして生成AIに仕事を奪われるのではなく生成AIを上手に利用する側に立つためにも、今から様々な生成AIに触れ、最新の情報を常にチェックしておくことが重要になるでしょう。

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鈴木哲平(薬剤師・社会保険労務士)

ちかわ社会保険労務士事務所代表。調剤薬局で薬剤師として10年勤務後、2021年に千葉県市川市にて社労士事務所を開業。「医療従事者の労働環境改善が患者のためにもなる」を信念に、現在は20社以上の調剤薬局の労務管理に携わっている。働き方に関する法律知識の発信にも力をいれており、薬剤師向けのメルマガを3年以上毎週配信、薬局業界の雑誌・メディアにも頻繁に寄稿している。プライベートでは2児の父。保育園と習い事の送り迎えに日々勤しんでいる。