薬剤師として保険薬局で10年間勤務後、社会保険労務士事務所を開業した鈴木氏による、よみものシリーズ「薬剤師×社労士から見た週休3日制」。第1回は「調剤薬局と週休3日制(入門編)」についてです。
選択的週休3日制について
「選択的週休3日制」という言葉を耳にすることが増えました。
「選択的週休3日制」とは、働く人の希望に応じて、週に3日休むことが出来る働き方のことをいいます。
政府が2021年6月に、経済財政運営と改革の基本方針となる「骨太の方針」へ盛り込んだことで話題となりました。
骨太の方針とは、日本の重要課題について、各省庁主導ではなく政府主導で改革を推し進めるため、毎年6月頃に経済財政諮問会議で示される基本方針のことです。2001年の小泉政権時代にスタートし、正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」と言います。
「骨太の方針」では、ポストコロナ時代の持続的な成長基盤を作るとして、成長を生み出す4つの原動力を挙げています。
- グリーン社会の実現
- 官民挙げたデジタル化の加速
- 日本全体を元気にする活力ある地方創り
- 少子化の克服、子供を産み育てやすい社会の実現
この4つを支える基盤づくりの1つとして「多様な働き方の実現に向けた働き方改革の実践、リカレント教育の充実」を挙げ、選択的週休3日制度について「育児・介護・ボランティアでの活用、地方兼業での活用などが考えられることから、好事例の収集・提供等により企業における導入を促し、普及を図る。」と述べています。
「週休3日」は、子供を生み育てやすい社会の実現だけでなく、活力ある地方創りにも効果的であると考えられているわけです。
週休3日の種類
希望に応じて週に3日間休むことが出来る働き方を選択できる、と述べましたが、
週に3日間休むことが出来る働き方というのは実際のところ、どのような働き方になるのでしょうか。
週に3日間休むことが出来る働き方は、大きく3つのパターンに分けることが出来ます。
週休3日制パターン1:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らし、給与も減らす
週休3日制パターン2:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らすが、給与は変えない
週休3日制パターン3:休日を2日→3日に増やすが、他の日の労働時間を増やし、給与は変えない
それぞれについて、簡単に説明していきます。
週休3日制パターン1:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らし、給与も減らす
おそらく、これが一番イメージしやすいのではないでしょうか。
1日8時間×5日間働いていたところを4日間に減らし、そのぶん給与も減らします。
週40時間→32時間と減るので、給与も4/5となる会社が多いです。
週休3日制パターン2:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らすが、給与は変えない
これは、1日8時間×5日間働いていたところを4日間に減らしますが、給与は減らしません。
普通、働く時間が減ったら給与も減るものと考えますよね。
しかしこのパターンでは違います。
それは、1日多く休むことで働いている時間の生産性が上がり、
結果的に4日しか働かなくても、5日働いた場合と同等、あるいはそれ以上の成果を挙げることが出来る
という考えによるものです。
アイスランドでの週休日についての研究
つい先日、アイスランドにおける研究で以下の様な報告がありました。
『一部の労働者が週休3日で働く実験を行ったところ、生産性の低下は見られず、幸福度が上昇した』
この研究結果をもとに、アイスランドでは給与を維持したまま、
労働時間を減らした働き方への移行が進んでいるとのことです。
また、他の国でも同様の研究や試験導入が進んでいます。
週休3日制パターン3:休日を2日→3日に増やすが、他の日の労働時間を増やし、給与は変えない
これは、1日8時間×5日間働いていたところを1日10時間×4日間のように変更し、
休日は増えるものの1週間の労働時間は変えず、そのため給与も変えないといったものです。
このパターン、実は変形労働時間制の導入によってすぐに出来るものであり、週休3日のハードルは非常に低いです。
実際に、すでに週休3日を導入している会社もこのパターンが多いです。
しかしながら、このパターンが果たして、「骨太の方針」に挙げられている、
日本の重要課題の解決につながるのかは疑問です。
調剤薬局に適した週休3日
このように、一言で「週休3日」といってもいくつかパターンがあり、
会社によって適したものを選んで導入することになります。
では、調剤薬局が「週休3日」を導入する場合には、どのパターンが適しているのでしょうか。
このことを考えるためには、まずどのような理由で薬剤師が「週休3日」を希望しているか、考える必要があります。
薬剤師が「週休3日」を希望する理由
薬剤師が週休3日を希望する理由は、大きく3種類に分けることができます。
理由1.育児や介護など、家庭の事情でフルに働くのが難しい薬剤師
理由2.高齢や病気の治療など、働く時間を減らしたい薬剤師
理由3.趣味や副業、リカレント教育など、他のことに使える時間を増やしたい薬剤師
薬剤師が週休3日を希望する理由(1) 育児や介護など、家庭の事情にフルで働くのが難しい
「骨太の方針」でも挙げられていたように、現在の日本では
少子化の克服、子供を生み育てやすい社会の実現が喫緊の課題となっています。
そのため、国も労働基準法や育児介護休業法を頻繁に改正し、
子育てしやすい社会の実現に向けて、労働環境の整備に取り組んでいます。
しかしながら、合計特殊出生率はなかなか上がらず、出生数に至っては過去最低を毎年更新し続けています。
そのため、会社には国が法律で定めた最低限の環境整備だけでなく、
それを上回るような環境整備や制度の導入が期待されています。
そして、そういった期待に応える会社に、薬剤師が集まりつつあります。
1つの例として、
育児介護休業法では、3歳未満の子供を育てる労働者に対して、
希望する場合には所定労働時間の短縮措置を講じなければならないとしています。
しかし、子供が3歳になったからといって、果たして週40時間フルに働けるのでしょうか。
実際のところ、なかなか難しいのが現状です。
そのため、子供が3歳になったタイミングで正社員として働き続けることを諦め、
パート契約で短い時間働いたり、退職したりしてしまう薬剤師が多くいます。
また、高齢社会において介護離職も大きな問題となっています。
介護の必要な親が、なかなか施設に入れて貰えなかったり通院の付き添いが必要だったりで、
週40時間フルに働くのがなかなか難しい状況となることがあります。
肉体的な負担だけでなく精神的な負担も大きく、
結果として離職に至ってしまう労働者も数多くいるのです。
薬剤師が週休3日を希望する理由(2) 高齢や病気の治療など、働く時間を減らしたい
薬剤師数は年々増加しています。
1977年には約10万人だった薬剤師が、現在では30万人を超えました。
それに合わせて、高齢の薬剤師も少しずつ増えています。
約30万人の薬剤師のうち、70歳以上の薬剤師が約17000人。
60歳~69歳の薬剤師も約41000人おり、その多くが薬局や医療施設で働いています。
そういった薬剤師の方々の経験は非常に貴重ですが、
若い頃と同じように週40時間フルに働くというのは、なかなか無理があります。
また高齢社会の日本では、病気の治療と仕事の両立が課題となっています。
2018年の厚生労働白書によると、働く人の約3割が通院しながら働いており、
その数も年々増加しています。
このことは薬剤師も例外ではありません。
薬剤師が週休3日を希望する理由(3) 趣味や副業、リカレント教育など、他のことに使える時間を増やしたい
2018年、厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定したほか、
「モデル就業規則」を改定し副業禁止規定が削除されました。
また「骨太の方針」においてリカレント教育が挙げられるなど、
政府は多様な働き方を積極的に推し進めています。
リカレント教育とは
最近では人生100年時代とも言われています。
100年という長い人生をより充実したものとするため、幼児教育から小・中・高等学校教育、
大学教育、更には社会人の学び直しに至るまで、生涯にわたる学習が重要となります。
この、社会人の学び直しがリカレント教育と呼ばれ、
厚生労働省や経済産業省、文部科学省が連携し、
学び直しのきっかけともなるキャリア相談や学びにかかる費用の支援に取り組んでいます。
文部科学省の「マナパス」(社会人の学びを応援するポータルサイト)において、
社会人の学びに関する情報が幅広くまとめられています。
薬剤師でも、副業を始めたり、新たな資格やスキルの取得を求めて、
再び教育機関で学んだり、独学で資格の勉強を始めたりする人が増えています。
かくいう私も、薬剤師として働きながら社労士(社会保険労務士)の試験を受けました。
しかし、週5日間働いていると、副業を始めたり再び学校に通ったりするのは体力的に厳しい場合があります。
そういった人達にとって「週休3日」というのは、貴重な選択肢になり得ます。
調剤薬局には『週休3日制パターン1:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らし、給与も減らす』が適している
このように、薬剤師にも様々な理由から「週休3日」という働き方を希望する人がいます。
では調剤薬局は、どのパターンの「週休3日」が適しているのでしょうか。
結論としては、『週休3日制パターン1:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らし、給与も減らす』が適していると言えます。
実際に、すでに「週休4日」を取り入れている調剤薬局では、多くがパターン1を導入しています。
ではここで、週休3日制パターン2とパターン3が調剤薬局に適さない理由を述べていきます。
調剤薬局に週休3日制パターン2が適さない理由
週休3日制パターン2の『休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らすが、給与は変えない』というのは先ほども述べた通り、
大前提として休日を多くした分、働いている日の生産性を上げ、休んだ日の分を賄うということがあります。
しかしながら、この考え方は調剤薬局に馴染みません。
それは、働いている日の生産性を上げることは出来るかもしれませんが、休んだ日の分を賄うことが出来ないからです。
患者さんは、薬剤師が働いている日に合わせて薬局に来てくれるわけではありません。
薬局を閉めるわけにもいきませんので、休日が増えた分、会社は代わりに新しく1人雇うなどの対応が必要となります。
週休3日を希望する理由1.2.3全ての薬剤師が、出来ることなら週休3日制パターン2を希望するでしょう。
しかしこういった理由から、調剤薬局に週休3日制パターン2は適さないと考えられます。
調剤薬局に週休3日制パターン3が適さない理由
週休3日制パターン3の『休日を2日→3日に増やすが、他の日の労働時間を増やし、給与は変えない』
これに関しては、理由3の『趣味や副業、リカレント教育など、他のことに使える時間を増やしたい薬剤師』
であれば、パターン3での対応が可能な人もいるかもしれません。
単純に仕事の無い日を増やして、旅行など連休が必要な趣味に時間を使いたい人であれば、それも可能です。
しかし、副業やリカレント教育に時間を使いたい人は、労働時間そのものを減らしたいと考えています。
その場合、例え休日が増えても、そのぶん他の日に労働時間が増えてしまっては意味がないわけです。
また、理由1.2の薬剤師にとっても、週休3日制パターン3が適さないのは明らかでしょう。
このような理由から、調剤薬局に週休3日制パターン3は適さないと考えられます。
もちろん週休3日制パターン3については、変形労働時間制の導入によって割と簡単に対応が可能です。
「週休3日」の導入とは別に、変形労働時間制の導入も検討してみて良いかもしれません。
まとめ〜調剤薬局と週休3日制の相性〜
以上のような理由から、調剤薬局が「週休3日」を導入する場合には、
『週休3日制パターン1:休日を2日→3日に増やし、労働時間を減らし、給与も減らす』
が適していると言えます。
新たな制度を導入するためには、それなりの労力やリスクを負う必要があります。
しかし私は、
・薬剤師の6割以上は女性
・幅広い年齢層の薬剤師が調剤薬局に勤めている
・薬剤師は勉強熱心であり、研修等にも積極的に参加している
以上の理由から、調剤薬局は「週休3日」の導入に適した業種だと考えています。
国が本格的に「選択的週休3日制度」の普及をはかるこのタイミングで、
一度「週休3日」の導入を検討してみてはいかがでしょうか。
ライター:鈴木哲平
昭和61年生。北海道大学大学院を卒業後、薬剤師として保険薬局で10年間勤務。その後、
令和3年8月に千葉県市川市にて社会保険労務士事務所を開業。4歳と2歳の子供がおり、休
日は子供と遊びに出かけたり、趣味のサッカー観戦を楽しんだりしている。